東京都美術館で開催されている岡本太郎の展覧会を見てきました。
学生の頃に「今日の芸術」という本を読んで以来、ずっと覚えていて、でもわざわざ調べることもなく、見に行くこともなく過ぎていましたが今回ちょうどタイミングが良かったので足を運びました。
美術館に行くと絵画のパワーを感じることがあります。ただその感覚の中でも今回はたぎる様な大きなエネルギーを感じました。
「なんだろうこれは」と思い音楽で置き換えてみると、先週、芸術劇場でベートーヴェンのクロイツェルを演奏した様な感じかと。熱情ソナタなどもそう。どちらも彼の作品の中でも特に生命力、表現としての大きなエネルギーを持っています。
岡本太郎=ベートーヴェンと繋がりました。
力強さの源泉は、有無を言わせずに(自己)表現を押し通す意思でしょう。結果として、シンプルな構築方法や勢いのある筆使いやビビッドな色、音楽の場合は音の大きさや、削ぎ落とされた骨格の見える様な構造が出てきます。ただそれは必ず表現を強力にしたいという意思が根底にあるはずで、表面的に技術を真似したとしても全く違う結果になるはずです。同じものは出来るけれど、そこに強い意志はない訳です。
ピアノでも表現をしっかりというか、クラシックの場合は理解して音で再現します。この様な強烈なキャラクター(個性)を目の当たりにすると、ちょっとやそっとじゃ駄目で、本気で向き合って入り込んで、一体になって表現することの必要性を感じます。
自分の場合は、気持ちも体も元気なときはこの表現がスムーズで、一曲弾くと、練習でも本番でも出し切った解放感を感じられます。ただなかなかいつもこのテンションでは生きられません笑
よくフィットするという言葉を使いますが、もう少し柔らかい繊細な表現を要求する音楽は普段の感覚まま入っていけます。キャラクターが合っているということですね。
昔はその感覚が分からずベートーヴェンでもフワッとなっていて、学校を卒業する頃になってやっと分かってきたのを覚えています。
とにかく、音楽についてまで深く考えるきっかけになる美術館は中々経験がなく、とても嬉しい時間でした。